我武者羅の法学徒

東京で一人暮らしを始めたひよっこ法学徒が、あちらこちらにぶつかります。

好きじゃない

今週のお題「恋バナ」

 

なるほど、ありふれたテーマだけど今までもこれからも尽きることなく様々な形で人間を喜ばせたり、ドン底に突き落とし、歴史を刻んで行くのだろう、恋愛というのは!

 

一生涯かけても語り尽くせぬ…全貌が見えぬ…なんとも憎いヤツである。

 

ところで僕も、勉強一色の高校時代を経て大学デビューほどの華々しさとは無縁だったものの、趣味をきっかけに恋人ができた。

 

大学に入学して2年。急にそういう状態に晒されて、もう僕の気持ちのほとんどは恋人に…、そんな松岡修造さんのような、情熱的な感情が昂り、もっと、もっと触れたい…一緒にいたい…と強く願う時期もあった。

側にいるだけで幸せとか強くなれるとかそういう類の恋愛酩酊状態である。

 

過去形なのは馴れ初めのそんな強い感情が落ち着いたからで、勿論冷めたわけではない。今でも毎日、自分の気持ちを伝えてる…つもりである。

 

しかし最近、

本当に相手が好きなのか?

相手に好きという行為が自己暗示になってないか?

じゃあ相手の何が好きなの?

という疑問が脳裏を過ぎり、僕の好きは、相手への愛ではなく、誰かを愛する立場にある自分への愛、あるいは恋愛を媒介とした自己承認欲求にすぎないのではと思い始めた。

 

考え始めると止まらない。結婚まで考えてしまう。相手のやなとこも浮かぶ…。

挙句には相手と付き合うメリットとか、考え始めてしまう。

誰かに好かれるだけでも十分恵まれていて幸せだろうに。人間は強欲である…。

 

僕のゆらゆら、漂流じみた感情とは裏腹に僕らの会話は流れて行く。他愛もない会話。

画面に映る恋人らしい会話に潜むのはこの会話意味あるのか、という現実から一歩引いた冷たい感情、だと思っていた。

 

しかし、ここで。好きとか恋愛とか大した経験もないくせに悶々考えていた僕に、衝撃波が。

 

会話の流れで、好きじゃない、と言われた。

勿論冗談だが、嫌いではなく好きじゃない。

 

好きじゃない…

 

グッサリ心臓に来た。自分がどれだけ相手を好きで、相手に好かれたいのかわかった。

そこに秘められたあなたに興味がないという意思表示が、冗談であっても僕に強くのしかかる。

同時にちゃっかり恋愛を楽しんでる自分に気がつく。

 

これからも相手を大事にしよう。

 

もし別れることになってしまったらその時は、しっかり嫌いになってもらうんだ。

 

ご拝読、有難うございました。